ふぉとのべ!

旅立ち - 夏草明

2017/03/26 (Sun) 21:50:54

旅立ち

Re: 旅立ち - おちび

2017/03/26 (Sun) 21:52:44

【発着駅】

ホームにアナウンスが流れ始める。
丁寧過ぎるようなそれを聞きながら、車両から湧き出る人の群れを眺めていた。
こうしていたところで、待ち人が現れる訳でも、ましてや結果が変わる訳でもないというのに。
電光掲示板が次の新幹線の時刻を報せる様をみて、僕は再び視線を落とした。

「不思議だよね」

ホームのベンチは、長時間座るには些か居心地が悪い。彼女は一度座り直すと、ひと息つくように言葉をもらした。

「こんなに沢山の人がこの駅で降りるのに、ここに来るまでの経路は、人の数だけあるんだよ?」

当たり前の事過ぎて、気にもしていなかった事だ。それでも、彼女が何を想い、何を言わんとしているのかが分かって、僕は小さく笑って、そうだね、とだけ返した。
先ほどの乗客はすでに散り散りになり、それぞれが何処かに向かって進んでいく。
彼女が手にした新幹線の乗車券を見つめた。とうに発車してしまった新幹線の空の指定席には、彼女ではない誰かが座るんだろうか。それとも、彼女がいない席は、空席のままなんだろうか。

語り尽くしても、互いに何か伝え忘れている事があるような、それでももう何も言えることがないような、そんな気がして、もう何本と新幹線を見送ってしまった。

暫くの沈黙のあと、広いホームに再びアナウンスが流れた。
今度こそはと腰を上げようとした僕より早く、彼女はすいと立ち上がる。

「……もう行くね」

幾度と見てきた、いつもの彼女の笑顔だった。キャリーケースを代わりに引いて、列に2人で並ぶ。他愛もない話をする。これが最後。

さよならの言える別れは、悲しくなんてないのだと、そう教えてくれたのは君だったのに、笑いながら涙を堪えるその姿を見て、僕も同じ顔になっていた。

ここが終着点なのか、出発点なのかは分からない。それでも、彼女の進む先が明るいものでありますように。

「さよなら」

発車音と共に、ふわりと風が舞う。次の季節の香りがした。
(終わり)

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